んで?MacってWindowsと比べて何がいいの?

昨日の朝礼前。

MacBook買ったんだよねぇなんて話を同僚と。

ちなみに我が職場は、IT関係からは一番遠い様な人種しかいないので、MacBookという名称を発しても「何それ?」な人がほとんど。

そんな中で唯一MacBookという語句を理解する人種の彼ではあるが、知識としては「あの林檎マークがついてるAppleのパソコンでしょ?」くらいの知識である。

流石にクソスペックにテンコ盛りのいらないソフトを詰め込んだだけの20万円クラスの一体型PCを電気店で買ってしまうほどの真・情弱ではないものの、ASUSだのLenovoだの、5万円くらいでそこそこのスペックのノートPCが存在するとは知らないくらいの層。

そんな感じなので、PCといえばまぁ10万前後かな?くらいに思ってるその同僚。

同僚「んで?そのMacBookってのはいくら位なの?」

とまじぃ「ポイントとか使って安くかったけど、基本17万くらいの機種だねぇ」

同「17万!!!!!????? 高いねぇwwww」

と「お金貯めて思い切って買いましたわwww」

同「で? 結構高いけど、そのMacBookって何がすごいの? 普通のノートパソコンより抜きん出てすごい!みたいなのあるの?」

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何がいいんだろう?

そんな質問をされたのだが、真正面からその質問をされると答えに窮する自分がいた(笑)

抜きんでて???

うーん!

まぁSSDの速度とかは特筆に値するレベルではあるけれど・・・。
それを説明してもわからないだろうし。

CPUのスペックは、探せばこのくらいのスペックのノートはもっと安く売ってるし・・・。

メモリは8Gで普通だし・・・。

SSDだって256GBだから、特筆するほど多いわけじゃない。

そういう意味ではMacBook Proって意外に普通なんだよなぁ・・・。

Macの良さはジワる良さ

Retinaディスプレイ

もはやドットを確認できないレベルの高解像度ディスプレイRetina
実際使ってみるとその「見やすさ」には驚かされる。

高解像度で文字が見やすいのは当たり前なのだが、無駄に眩しくないってのも見やすさに加担している。

液晶なのでバックライトで照らしているのは間違いなのだが、なぜか「眩しくない」のである。

一般の液晶が「半透明の絵を裏から照らしている」的な見え方なのに対し、MacBookのRetinaは「額に入った絵を照らしている」くらいのソフトな見え方をする。

ノートパソコンっていうと、視野角などの問題で無理な姿勢を強いられて肩が凝ったりしがちだが、Retinaは姿勢的にも目への刺激的にも、疲れにくい。

ただこれは電気店などで「へ〜綺麗だねぇ♪」的な感覚とは別のモノで、「使い続けて見てジワジワと良さがわかる」部分だと思う。

実際私の場合、今までノートパソコンやデスクトップPCを使う際にメガネ必須だったのだが、MacBook Proを使用し始めてからは裸眼で使用している。

操作系の良さがジワる

タッチパッドの操作性の良さはMacBookの良さを語る上では外せない。

しかし、昨今のWindowsノートのタッチパッドもなかなかに進化してきているので、「操作感」的には、スムースさなどもMacBookに勝るとも劣らない様なものも増えてきている。

ただ、操作できるっていうのと実際にその操作を使うか?っていうのはまた別物。

Windowsの場合でも、結構色々な便利機能があるのだが知られてないので使われないという勿体無いパターンが多すぎるのである。

windows10で「仮想デスクトップ」なんて便利な機能あるのに、実際使ってる人はほとんどいない。

使いこなせばMAC並に便利だけれど、認知度が低すぎるんだよね。

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ところがMacBookの場合はちょっとばかりアプローチが違う。

windowsでいうところの「最大化」を行うと、完全にアプリが画面を占有する

タスクバー(っていうかDOCKだけど)もなければメニューもない、なんなら時計も表示されない。

(下記画面は実際にiTunesを最大化した状態) 
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え?なにこれ? どうやって戻るの???

実は「最大化」を行うと「そのアプリ専用の画面(デスクトップ)」が追加される。 
そして「複数のデスクトップ」を行き来するためには「3本指でスワイプ」を行う事になる。

慣れないうちは困惑するのだが、使い慣れるとノートの狭い画面を有効に使うベストアンサーなのだなと気づかされる。

このように、Macの場合は「仮想デスクトップ」という用語を認識させるより先に、機能としてそれを使わないと逆に不便でしょ?的なアプローチをしてくる。

Windowsであれば、ヘルプのどこかに「仮想デクストップの使い方」みたいな仰々しいタイトルで書いてあるだけで「万人に使って欲しい機能」というよりは「使いたい人は調べて使ってね」的なスタンス。

各メーカーが勝手に設計しているWindowsの場合、どのハードでどのような操作が可能かは把握しきれないので、どうしても「汎用的な操作方法」に落ち着いてしまう。

ハードとソフトを同時に提供してるAppleであるからこそ、Macというハードを活かした操作系を迷う事なく提案してくるわけだ。

「無駄な効果」の気持ちよさ

挙動にしても、ぶっちゃけてしまえば「下手なアニメーションなどせず、何らかのボタンを押したら一瞬で切り替わる」方がもっとも無駄がない。

しかしMacの場合は、ブラウザの戻る進むにしても、Dockの挙動にしても、デスクトップの切り替えにしても無駄な効果がとにかく多い。

もちろんこんな効果は効率からいえば無駄以外の何者でもないのだが・・・。

この効果のおかげで逆に「なんかサクサク動いてる様な気持ちよさ」を感じられる。

文字では説明しにくいのだけれど「指の動きに完璧に追従してくる動き」よりも「一瞬遅れて加速する様にシュパッ!って感じで追従してくる」方が、なんか速く感じる的なノリ。

Macの場合、そのての「操作の気持ちよさ」にもCPUパワーを使うことを厭わない潔さがある。

一部のベンチマークマニアな方は除くとして、基本的なユーザーは「実際速い」より「速そうに見える」の方が心地よいのである。
(極論かもしれない(笑))

選択肢の狭さ→情報が濃い

GoogleでWindowsの情報とMacの情報の量を比べた場合、どう考えてもWindowsの方が情報量は多い。

ユーザー数が格段に違うのだからそれはしょうがない事。

だがしかし!

機種単位で考えた場合、話は変わってくる。

例えばsurface情報とMacBook Pro情報。

例えばThinkPad情報とMacBook Air情報。

普通に使っている場合はあまり気にならないけれど、ちょっとマニアックな事をしようとした場合。

例えばUSBメモリーから起動して別のOSを試してみたいなんて場合。

全てのWindows機が同じ手順で行けるわけではない。
BIOSによって押さなければいけないキーも違うし、その後の設定方法も違う。

大手日本メーカーの一体型PCに至っては、一体なんのパーツを使っていてそのドライバーはどこで入手できるのか?
いやリカバリーディスク使えばいいじゃんって話もあるけど、新しいOSがリリースされたりしたら、ドライバが見つからないなんて事態に陥る事も多々。

このソフトが動かないのはソフトのせいなのか?機種のせいなのか?それともドライバのせいなのか?

Windowsでよくある悩みである(涙

しかしMacの場合、Windowsに比べると極めて選択肢が少ない。

デスクトップはMini、iMac、Pro
ノートはAir、無印MacBook、Pro

なので何かちょっとしたマニアックな事態を検索しても、だいたいは見つかることになる。

とてつもなく古い機種だと様相は変わってくるが、最近の機種であればだいたい機種間での相違もなくノウハウは共有できる。

ソフトに関してもそこらへんの選択肢の狭さは関係してくる。

Windowsに比べるとMacは派閥が少ない&王道が決まっている印象が強い。

例えば「動画編集」

Windowsの場合だと、Windows Moviemakerの機能が結構アレなので、どうしても市販のソフトや高機能のフリーソフトを使う場合が多い。  

AVIUTLか?それともCorelのVideoStudioか? いや AdobeのPremierか?

選択肢が多いおかげで王道が存在せず、派閥も多い。

これがMacの場合だと

とりあえず動画編集やってみたい→OS付属のiMovie使う→知識なくても意外にそこそこの動画作れる。

悩んだり迷ったりせず、「何となく」でここまではイケる。

そこでiMovieに力不足を感じたら、iMovieの上位互換的なFinal Cut Proが用意されている。

かなり高機能のソフトなので一般用途であれば、まず不足はないソフト。

世間のMacを使ってるYoutuberの皆さんも多分、こういう路線を歩んで来た人が多いんじゃなかろうか?

まぁそんな感じで、Windowsの場合は派閥も多いのである意味情報が「広くて浅い」事は否めない。

しかしMacの場合は「王道パターンの情報が濃い」場合が多い。

「Mac 動画編集」で検索した場合、iMovie情報が中心に表示されるが、「Windows 動画編集」で検索した場合、フリーソフトやら市販ソフトやら雑多に表示されるのが良い例。

目的がはっきりしているならMac

言い方は悪いかもしれないが、MacはPCというよりも「洗濯機」や「電子レンジ」に近いのだと思う。

動画が作りたい、音楽が作りたい、文章が作りたい。
そんな願望があったとしよう。

「こんなソフトもあるし、あんなアプローチ方法もあるし、好きな方法で作ってください」ってのがWindows。

「文章はこれ押して!音楽はこれ!動画はこれね!最低限の作品作れる機能はあるから、できるかできないかはあなたのスキル次第」ってのがMacなのだ。

手段まで込みで楽しみたいのであればWindowsで良いと思う。

目的を達成したいのであれば、そこへの「選択肢」ではなく「近道」が用意されているのがMac。

そんな設計思想。

Macは常に「過程」ではなく「目的」へ近道する思想で設計されているのだ。

Macの名を冠しているからこそ

WindowsはあくまでもOS。

とてつもなくロースペックのPCだろうと、超絶ハイスペックなPCだろうと「Windowsパソコン」であることに変わりはない。

例えば液晶が残念めな感じのノートパソコンだったとしても「いやぁうちのはビジネス向けなんで、そういう所には力入れてないんすわwww」で済んじゃう世界。

2万円で買えるノートパソコンのキーボードが打ちにくかったとしても「激安Windowsノートに何を求めてるの?」って言われるのがオチ。

でもMacには「ビジネス用Mac」も「激安Mac」も存在しないのだ。

Macの名を冠している以上は「Macの名に恥じない」最低限を求められる。

文章入力中心に使う人には「使えるキーボード」が必要。
写真を現像する人には「正確な色域のディスプレイ」が必要。
動画編集をする人には「パワーのあるCPU」が必要。

その全てに「Mac」は応えなければいけない。

Macには「安さに甘える」機種は存在しない。
存在するのは「用途にあったハード」と「それに合わせたスペック」でしかない。

無印MacBookは「安いMacBook Pro」ではなく「モバイル用途に適したMacノート」。

Macの名を冠している以上はコストがかかって価格が上がったとしても「Macであるための品質やスペック」は譲れない。

そういう意味での「安心感」をこの値段で買っているんじゃないかな?

まとめ

ということで、序盤の同僚との会話に話は戻る。

同僚「で? 結構高いけど、そのMacBookって何がすごいの? 普通のノートパソコンより抜きん出てすごい!みたいなのあるの?」

とまじぃ「特に抜きん出てるとかはないかな? ただ・・・・。」

Macが欲しかったから買ったんだよ

そんな風に答えたら同僚に不思議そうな顔をされた週末の朝の話。

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